パワハラについて考える【ラヴィーちゃん】

 

最近、質問コーナーに「パワハラについてどう思う?」という主旨の質問をいただくことが多くなったピョンよ。

パワハラに関するニュースが増えたことによるもの、あるいは新入社員や新入部員などが増える季節によるものかもしれないピョンけど、なかなか簡単には考えがまとまらなかったピョンよ。

もちろん、パワハラ問題の専門家でも何でもないピョンけど、思っていることはありますピョン。

なので、この場を借りて書かせていただきますピョン。

 

スポーツ界のみならず、会社や学校、それ以外のコミュニティにおいても「オレが若い頃は、体罰なんて当たり前だったぞ」「私たちも昔は苦しかったけど、そのおかげで今がある」みたいなことを聞くことがあるかと思いますピョン。

言われた側は「知らんわ」と思っても、なかなかそんなことは言えませんピョン。

時代や環境は昔と比べて変化しているのに、人は昔の理不尽な苦労を、次の世代に浴びせかけようとしがちですピョン。

つまり、パワハラを受けて育った人は、次の世代をパワハラで育てようとしがちですピョン。

酷いところになると「伝統」という名を借りて、組織ぐるみでパワハラをおこなうこともありますピョン。

 

学校に厳しい先生がいたとして、休み時間にクラスの誰かがその先生のモノマネをして笑った、ということを経験した人も多いと思いますピョン。

緊張からの緩和は笑いに変わりやすく、笑えているうちはまだいいほうですピョン。

しかし、ピンポイントで理不尽に厳しく抑圧されている生徒個人がいたとしたら、その生徒はなかなか笑えないはずですピョン。

逆に言えば、個人の課題をしっかり見極めて、その課題をクリアできるよう導くアドバイスをしてくれる先生がいれば、それはいい先生と思いますピョン。

チームスポーツや会社などでも同じですピョン。

チームとしての目標のみならず、個人の目標を応援するための的確なアドバイスをくれる人がいたら、嬉しいはずですピョン。

 

運悪く、まさに今、パワハラの的になっている人もいると思いますピョン。

そういう人がいれば、すぐにでも、できるだけ多くの周りの人に現状を伝えてほしいと思いますピョン。

それでも変化がないなら、その場を去るという選択肢も忘れないでほしいですピョン。

「逃げたと思われる」と言っても、人生の目標は、理不尽さに耐えることではないはずですピョン。

「見返したい」と言っても、人生の目標は、パワハラをする人を見返すことではないはずですピョン。

見返すことで得られる達成感は、ほんの一瞬のものですピョン。

それよりは、自分のプラスになることにチカラを注ぎ、別の場所、違う道ででも成功すれば、それが一番だと思いますピョン。

好きになれるものを見つけることができたら、それだけで人生はラッキーチャンスのようなものですピョン。

好きなもののために前進している人のチカラは、何かとスゴいですピョン。

他人からすれば苦労のようなことでも、本人は苦労とも思っていない、ということもありますピョン。

少々厳しい上の人がいても「自分はこれをしたいから、もっとこれについて教えてください」みたいなことを伝えたりできますピョン。

なので、どうか、いい選択をしてほしいと思いますピョン。

前向きで楽しいことを受け継いでいける環境に、身を置いてほしいと思いますピョン。